~日本代表コーチの意地 ケガも見せず40人完遂~
体調が万全ではない状態で挑まなければならない連続組手。田口恭一は、不安を抱えながらその日を迎えていた。両足の筋断裂。全治2ヶ月。加えて初日の審査で右脇腹を痛めていた。まさに満身創痍の挑戦。
けっして満足に動ける状態ではなかったが、そのハンディや疼痛を動きや表情に出すことなく、連続組手を始めた。累計6人目からのスタート。中間距離からの攻防。相手の技を巧みに外し、ずらし、攻撃を加えていく。右の下段突きから内外と打ち分ける下段。そして、一瞬の隙をついて爆ぜる中段蹴り。激しさはないが、非常に落ち着いたベテランらしい風情を保ち、動きを見るだけではまさかケガをしているとは気づかない落ち着きぶりだ。苦しい状態を押し隠して戦いぬく精神力こそ、また極真である。
「正直、迷いましたよ。軽いケガではなかったですからね。けれども一度やると決めたのなら、やり通さなければいけないんですよ」田口は完遂後、ホッとした表情で語った。現在、田口は強化選手委員会のコーチという要職にあるが、その立場は今回、気持ちを奮い立たせる要因になったという。
「日本代表になるために、強化選手たちがケガをした状態であっても合宿で一生懸命やっている姿をさんざん見てきたわけだし、ここで自分がやらなければダメだと思ったんです」
指導者の矜持。若人たちに刺激を受けるのもまた指導者の冥利である。
しかし、25人を過ぎると徐々に足が止まり、手が動かなくなってきた。無理に足掛けなどを狙うために身体の軸がずれ、バラついた動きに。セコンドの江口芳治支部長から「無理に狙うな。雑になるな」と声がかかる。ときに打たれっぱなしになってしまう場面もありながら、それでも田口は小刻みに外すなど、できることを精一杯試みた。痛みのなかに身を置いていたにもかかわらず目は死なずにいた。
時間にしておよそ40分。田口は最後までケガをしていたそぶりを見せることはなかった。
迷っていた受審について「たったいま昇段審査を受けることを決めました」と宣言した鏡開きから約2ヶ月、40人全員に対して熱のこもった組手を展開した。
AFTER THE DAN GRADING
今回はケガもあって辞退することも考えたんですけど、江口先生が「鏡開きであそこまで宣言しておいて、まさか止めないよな」と(笑)。まぁ冗談ですけど、本当いい勉強になりました。自分は現役時代、ケガをして試合に出たという経験がなかったので、選手の心理や気持の持って行き方などを学ぶことができました。もちろん、万全な状態で挑みたかったけれど、今のありのままの自分をさらしてもいいかなと。これも自分の実力ですからね。昔のイメージで動いているからケガをするわけだし、打たれ弱くなったり反応が悪くなったりするのは年齢ともに仕方がない。でも、そこで工夫をするのが空手の面白さや奥深さだと思うんです。ですから、やることはまだ山積みです。次の50人組手が楽しみになってきました。